フランシス・クリック:遺伝暗号を発見をした男
単行本: 244 ページ / 19.5 x 13.4 x 2.0 cm
ISBN-10: 4326750553 ISBN-13: 9784326750559
単なる伝記の枠を超えてクリックの生涯を通して,科学という知の営みの尊さが伝わる本です.
科学自体の歴史を見れば明らかなように,科学は本来,何かの役に立つということを超えて存在しており,知を愛する営みそのものが,人類共通の文化を形成してきています.クリックはまさにそのような態度で科学と対峙し命が尽きる寸前まで科学に身を捧げました.
§1 クラッカーズ
知的原子炉の隣に座っているような感じ.
自然は重要な問題を難しくするようなたくらみはしない――だから,人生に限りがあるのなら,志を高くもて――本質的な問題を追及せよ.
深遠な発見は平凡な発見より難しいものではない.(p.1)
§2 三人の友達
クリックの知的共鳴板になった.①ゲオルグ.クライゼル;②オディール・スピード;③モーリス・ウィルキンス――ソクラテスの対話のように,アイディアを深めていった.ジム・ワトソン;シドニー・ブレナー;クリスト・コッホ
無意味な技術的で工学的な学術本(p.22)
突然無駄な話をしたいと感じていることが本当に自分の興味をもっていることなのだと理解した.ゴシップテスト
生物がほかものものと違うのは遺伝子によって自分のコピーを作り出せるから.1950年代,遺伝子を遺伝子にたらしめるユニークな性質に対する知識を人類は持ち合わせていなかった.
自分のやり方で,どんなに退屈でつまらないことも振り払おうと固く決心しているように思えた.
宗教・政治・世界情勢・ロシアなどの議論は正反対の見解をもっていた.世界が何を考えようとも躊躇なく会話し,自分の脳に頼って生き,自分自身の思い付きに従う人物
Wittgensteinにとっては,面白みのない思索家.経験的事実に基づいていたから.
ゲオルグ・クライゼルは,会話において,”もっと鋭い筋立て”を要求した.
§3,4 ケンブリッジ,ワトソン
何の仮説もなくただ測定しただけ.取りつかれたように必要以上に詳細な測定をする.(p.34)
仮定を単純にすることが必要であり,現実を解析するだでなく,可視化することが重要なのである――という教訓をクリックは学んだ.(p.47)
§5 大勝利
1952年.DNAの構造をまともに進めていたのはロザリンド・フランクリンのみ(p.62)
今日,こんあにちっぽけな奴らが,あんなにも大きな影を作るとは,なんと日の傾いてしまったことか――シャルガフ
シェイクスピアはハムレットを書くのにマーロウを負かす必要はないのである.(p.82)
§6 暗号
ワトソンからクリックへ――忘れられない葉書より
君は死んだのですか?それとも恋に落ちたのですか?
Do or die don't try. やれ,そうでないのなら死ね.もしくはトライするな.
典型的なイギリス風の嫌悪感――不可解な手術(p.102)
ロザリンドが困難にに直面し失敗したのは,主として,彼女が自分で作り出した結果である.
――彼女は率直であったが,敏感すぎたのだ.意志が強すぎ,科学的にまともであり得ず,結果として近道を回避することになってしまった.必要以上に頑固で,全部自分一人でやりとげようよした.強情さがゆえに,自分の考えに沿わない他人のアドバイスは受けいれられなかった.助け舟を差し出されても,決して乗ろうとしなかったのだ――(p.104)
1953年代「まともでなかった」と一般的に思われるだろう人はだれか?クリックだ.(クルーヴ)
§7 ブレナー
クリックの仕事の大部分は科学論文を読むことだった.恐るべき集中力で,まったく無名な文献から成果を貪欲に学んだ.――なぜ,どうせ役に立たない論文を読んで時間を浪費するのか?――その中に手がかりがあるかもしれない.(p.113)
ドグマ(推論では証明できない宗教的な教義)(タンパク質配列に必要な情報はDNA配列の中にある.DNA配列を組みあげるのに必要な情報もまたDNA配列の中にある)コモナーは藁にも縋る思いで,二重螺旋はまちがいであるという自らのタンパク質主義に拘った.クリックに片意地な迂愚と言わせしめた.(p.116)
実験事実が理論にあわないのなら,最初に疑うべきは,その事実の方であるとクリックは言う.
§8 三連文字とチャペル
反論を主張するのは良い作法だから,私はおそらくこの点を強調するべきだ.私はキリスト教の信念を尊重しない.私は,それらはばかげていると思う.――ヒューマニズムのパラドクスに悩まされる.熱心な無神論者は,熱心な信者と同じように面白くとも何ともなくなってしまう.宗教と同じように,ヒューマニズムも形式(儀式)化する.
§9 賞
エリートたちは古い正統派の学説が骨の髄までしみこんでいるので,世に知られていない異端者でもブレイクスルーを成し遂げられるのだ.
時間を調節した真実を選別する才覚
思うに,彼が理論家でありながら経験に裏付けられた事実を重視していたからだろう.生命の仕組みや神秘を解き明かす自然の構造(方法)を学んでいたからできたのだ.
科学において,理論は実験の下僕でなければいけない――とクリックは確信した.(p.157)
§10 決しておとなしくしない
生気論は死んだんのか?(分子と人間)スタインベック風(p.158)
ワトソンに対して――正直ジム,調子はどうだい?――と十分な皮肉を込めて.
クリックにとって,科学的な発見は自分の財産ではない.誰がそれをしたのかではなく発見そのものが重要なのだ.だから,フランクリから謝辞なしにデータを参考にしたことに対して罪の意識を感じていなかった.
ユートピア型社会工学の失敗例;優れた形質をもつと思われる人間をふやすようなより積極的な優生学の計画が妨げられてしまった.生殖は自由に行われるべきであるという要求に負けた(p.176)
§11 宇宙
進化の起源;RNAワールド;tRNAは自然がRNAにタンパク質の仕事をやらせようとする試み.原始生命はすべて,RNAだけで構成されていたかもしれない.
私自身は,もう科学の気違いじみた競争が心から嫌になりましたが,科学そのもにはとても強い興味を感じています――クリックからワトソンへ(p.191)
たいていの科学者は経営と政治,研究を諦め管理へと向かう.ワトソンもその道を確実に進んでいた(p.193)
クリックは経験とプライシーを大切にしたので主観的にも哲学的にもかけなかった.
§12,13 カリフォルニア,意識
1976年,利己的な遺伝子論
多くの事実を批判的に吸収する速度が科学における脚力――批判的とはどういうことか.
彼らが言うように,唯一の賢明な方法は,新しい考え方を必要とするジレンマに直面するまで実験的な攻撃を続けること.
クリック・コッホの意識のニューロン相関
神秘学と宗教学に丸くなり――あてにならない回想の無益さ.
2004年7月19日,もっと重要でありうるのは何か?だとしたら,なぜ待つか?
高邁に数学的に飛翔しているからでも,形而上学の複雑性に入り込んでいるからでも,言葉で流暢に説得できるからでもなかった.
3次元トポロジーを視覚化する能力は注目するべき.しかし,そのほかの点では単調,どの事実を除外するべきか推測し,残りを道理にかなった型に組み立てるといった実用主義的で合理性に立脚していた.
心をニューロンの集合体に還元することは神秘や畏怖を取り除くどころか,崇高でわくわくする探究だった.過去の神話に固執よりずっと好ましい.クリックも78歳にして神秘学と宗教に対してひょっとしたら考えが丸くなり,心地よい全体論に手を伸ばしたり,パスカルの賭けさえも受け入れたりするかもしれないという人たちは失望することになった.
過去宗教的信仰が,科学的な現象を節制している記録は極めて少なかった.ならば,将来,因習的な宗教がこれまでよりもずとよい説明をすると信じる理由がない.
いまだに真実に対する若い情熱によって燃えたっている男の本だった.(p.213)